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牡丹4

今はまだいつも寝ていた出窓に置いてあるクッションと赤い毛布のようなタオルケットの上で寝ている。永眠している。今も呼吸をしてて今にも起きそうだ。撫でてやるとひんやりと冷たい。火葬するまでアイスノンので冷やしておいてくれ、と業者に言われたからだ。頭を撫でたり口元を撫でたりすると、いつものように顔を動かして自分で撫でられる仕草をしそうだ。ここにいるのにここにいない。今は何処にいるのか。もうこの世界の何処にもいないが、魂があると良いと思う。あって欲しいと思う。

タオを飼っていた頃の彼女が、別れてから10年後に言ってきた事がある。タオという猫は図々しい猫で、彼女と一緒に寝ていた布団の中によく潜り込んできていた。タオが亡くなって数年後に、彼女がベッドで寝ているとタオが布団の中から出ていったというのだ。亡くなってから俺の傍ではなく、彼女の傍にいたらしい。

20数年間、子供の頃から連れ添っていたサスケという猫を亡くした別の彼女は、その彼女も大の猫好きで今は別の猫を飼っているが、遺骨を骨壷に入れてずっと一緒にいると言っていた。しかもたまにサスケの残像が見えると言う。そんな風になったらいい。たまに牡丹の姿を見たい。残像でもいいから。

まだまだ幼かった凪と牡丹を連れて北海道に移住しようとした。しかし凪も牡丹も車は大嫌い。出発してすぐに「おうちに帰してーおうちに帰してー」とニャーニャー言っていた。これはキツかった。しかも移住先は狭いアパート。今まで広い庭で楽しく暮らしていたのに、ある日突然大嫌いな車に乗せられて行くのだ。しかも30時間の長旅。

何度も何度も引き返そうと考えた。でも引き返すことももうできない状況だった。ごめんねごめんねと言いながら車を運転して、凪も牡丹も疲れて寝るのだが、30分もすれば起きて「おうちに帰してー」と鳴く。泣く。泣きたい気持ちでいっぱいだった。泣きたくても泣けない状況の方が、心には苦しいかもしれない。牡丹が亡くなった今と比べても、悲しさは今の方が上だが、心の辛さはその時の方が上だ。

牡丹は車が嫌で嫌で仕方なかった。外に出たくても出れない。音は煩いし、揺れて寝れない。最終的には肩首の間によじ登ってヘッドレストと肩首の間に挟まった状態になった。何度もよじ登ったり降りたり。不安で仕方なかったのだろう。キツかった。

高速道路の下調べをしたわけでもなかったので、名古屋で高速道路の大渋滞にハマった。通常の渋滞ではなく、その数日間、道路工事を長距離に渡って行っていたらしい。早く車から降ろしてやりたいし、先はまだまだ長いのにその渋滞で2時間は到着が遅くなっただろう。これも精神的にしんどかった。

東京に着いて首都高を出た頃はもう真っ暗だった。首都高を少し外れてすぐ東北道に行けそうなパーキングで車を停め、凪牡丹のトイレや食事の世話をして睡眠をとり、翌朝早く起きてすぐに移動。移動。移動。

旭川のアパートに着いて凪牡丹のトイレや寝床を準備した。ホッと一息つけたが、環境の変化を嫌う猫にとっては、その瞬間から始まりその後延々と続く生活はストレスの塊だっただろう。特に牡丹は避妊手術もあったので物凄い精神的な負担だっただろう。

今なら絶対にそんな負担をかけないことだった。

※写真は移動中の名古屋付近の高速道路と、北海道に着いてから数日後(2003年6月8日)の写真。牡丹は手術後の包帯服を着ている。